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失った感覚を科学的に再現する方法。 [医学・サイエンス]

 身体に障害がある人の機能を機械によってサポートしようとする学問を福祉工学といいます。歩行困難な方のために開発された車椅子や、手や足を切断した方に取り付ける義手・義足の類がその代表的な事例でしょうか。頸椎損傷で首から下の神経・運動機能をまったく失った完全四肢マヒの方がパソコンを活用できるように開発された呼気圧スイッチ(ストローを吸う・吐くの動作によって、ON/OFFなどを指示する機械)なども、IT時代における福祉工学の典型的な成果と呼べるでしょう。これらの機器の開発によって、これまでは一生寝たきりで過ごすしかないと思われていた重度の障害者でも、立派に社会参加を果たせるようになってきたのです。

 そんな漠然とした知識を基に、伊福部達「福祉工学の挑戦」(中公新書)を読んで見ると、とんでもない思い違いをしていることに気づきました。というのは、福祉工学とは正確には「失われたり衰えたりした感覚や手足、さらには脳の機能を、機械で補助したり代行する工学分野」のこと。つまり、障害がある人が少しでも便利に暮らせるように工夫を凝らした福祉機器の開発といったマイナーな世界の研究ではなくて、最先端の大脳生理学、ロボット工学と結びついた実に奥の深い研究テーマであったわけです。とくに近年の脳医学研究の進歩によって、福祉工学は一般の人にとってもますます眼の離せない世界になりつつあります。

 たとえば、「聴覚、触覚、視覚の代行機能」なんて研究はいかがでしょう? この研究を持ってすれば、三重苦のヘレンケラーですらも全ての感覚を取り戻すことが可能になるかもしれないというのです。というのはですね、以前取り上げさせていただいた本「進化しすぎた脳」でも解説してあったことですが、脳にはそれぞれの感覚を担当する部位というのが存在しています。それが視覚であったり、聴覚であったり、触覚であったりするわけですが、超単純にまとめてしまうならば、脳の担当部署に対して電気刺激を直接与えることで、ヒトはそれぞれの感覚を感じることができる仕組みになっている。目や耳や指などは、言ってみれば単に感覚受像装置に過ぎないというわけです。この理論に従って、人口内耳や人工網膜といった研究がなされ、現実に成果も挙げています。

 もっとも、ロボット研究と違って福祉工学がやっかいなのは、相手が生身の人間を対象としている点でしょう。視覚障害の方が人工視覚を装備した眼鏡をつけ、視覚の再現をした場合に(もはやその事例は多数報告されている)電気刺激を脳に直接与えた場合の脳に対する悪影響は考えなくてよいのか? 人間をモルモットにするような研究が、人道上許されるのか? …等々、クリアするべきハードルは多いのです。盲人のための超音波障害物探知機(眼鏡)をつけてもらったところ、本来彼らが持っていた障害物探知の感覚(第五感?)が失われてしまって、かえって迷惑だったという哀しい報告もあったりする。人間には障害を克服するために、それまでなかった感覚がとぎすまされるという特殊能力が潜んでいるため、今度は障害者本人の研究も必要となってくるわけです。

 こうした最先端の研究が、実はコウモリや九官鳥といった動物の特性や腹話術の科学的解明から始まるというエピソードも語られていて、非常に面白い。これまでは遠い世界にしか感じられなかった最先端科学・医学の研究の目指すところが、こんな身近なところにあるのだということを私たちに気づかせてくれるでしょう。高齢化社会を迎える現在、福祉工学はもっとも注目すべきエネルギッシュでエキサイティングな研究分野なのでありました。


福祉工学の挑戦—身体機能を支援する科学とビジネス


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Youkimu

http://www.japan-hotels.hippy.com/
by Youkimu (2006-01-13 02:11) 

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