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すさまじいクレーム処理の実態。 [ノンフィクション]

 クレームを付けるのが大好き、という不思議な趣味を持つヒトというのが世の中には存在するようです。一般的感性をもってすれば、他人様に文句を言う前に自分の問題を検証するのが当然と思うのですが、彼らの発想はまったく逆。自分が関わったミスの原因はすべて他人にあり、それを糾弾することに最高の快感を持つようなのです。私も昔、とんでもない恐ろしいクレーム処理の現場に立たされたことがありまして、その恐ろしさは未だに忘れることはできません。なんといっても、クレームのためなら相手が誰であろうと声高々に電話しまくるあのすさまじいパワー。ヒステリックな一種の神経症なのではありましようが、そんな病人相手に世間の常識の範囲内で抗弁する企業担当者の方々は、本当に大変なご苦労をされていることだと存じます。

 川田茂雄「ムチャを言う人」(中央公論新社)は、クレーム処理歴20年というクレーム処理のプロたる作者が、これまでに関わってきた事例から特別なモノだけを集めて公開するという実例集であります。企業にクレームを付けて相手をやりこめ、それを楽しむという愉快犯型クレーマーというのが最近は増殖しているようなのですが、企業側は滅多にこうした実態を明かさない。そのためクレーマーたちは同じ手口で次々と各社を攻め続け、企業のクレーム処理担当を悩ませ続けているらしいのです。前著「社長を出せ!」でも、クレーム処理の実態とその大切さを訴えることに成功した作者ですが、本書ではより具体的にクレーマーたちの手口を公開しているため、クレーム処理の現場に立つ人たちにとってのノウハウ集にもなっています。

 明らかにカメラの使用方法のミスによる撮影ミスなのに、大切な機会を失ったと訴えて損害賠償を要求してくる人。ヤクザのように声を荒げて会社にやってきて、細かな製品の欠陥を指摘するだけでなく、その行動にかかった費用や損失した備品の費用まで要求を突きつける人。一度電話に捕まったら、永遠何時間も細かな疑問や問題点を指摘し続ける人・・・・。私も経験があるだけに、毎日こんな人たちの対応に追われている現場の人たちのご苦労が察せられ、さぞかし胃を痛くしていることだろううと同情申し上げてしまいました。しかし作者が本書を記した本当の目的は、こうしたクレーム処理の中からも企業が消費者の声を真摯に吸い上げることの大切さを訴えることではあります。普通に考えたらとても相手にしていられない人たちとも真摯に向き合い、企業の社会的立場を守るクレーム担当者。一見素晴らしいことではありますが、これらを逆手にとってますますクレーマーたちの態度がエスカレートしないことを願いたいものですな。


ムチャを言う人—不屈のクレーム対応奮戦記


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メディアのあり方を考える [ノンフィクション]

 メディアリテラシーというコトバは、最近では日本 の心ある教育関係者の間でもすっすり定着し始めているようです。訳すると「メディアを批判的に理解していく学習」ということになるでしょうか。メディア社会に生きる私たちにとって、ニュースやコマーシャルなどの映像がどのような目的のもとに、いかなる過程を経て作られているかということを学ぶことは、基本的読み書きと同様に重要な教育である。メディア先進国であるアメリカオやイギリスでは、そんな認識のもとに教育カリキュラムの中にメディア教育が盛り込まれているらしいのです。菅谷明子「メディアリテラシー」(岩波新書)では、そんな諸外国の活動を具体的にレポートし、日本の情報教育の今後のあり方について問題を投げかけています。

 コマーシャルを見ながら、先生と子供たちがその映像の疑問点を語り合っていく。「食べ物のCMは、どうして黒人はでてこないのか」「化粧品の雑誌広告は、綺麗な写真を見せるだけで何を訴えているのかよくわからない」・・・・・これは、本書で紹介されている外国の教育現場のほんの一例です。このようなメディア論を「国語」の授業の中で堂々と闘わせているという、レベルの高さ。メディアに流れる情報というのは誰かがある目的の元に恣意的に流している事実であって、それが現実の全てではない。それを理解することが、現代社会に生きる者にとって必須の能力であるという共通理解が徹底しているために、「国語」の授業でメディア論を展開するという発想が生まれてくるわけです。

 なにより注目すべきことは、本当に楽しそうな実践的な授業内容そのもの。メディアを批評するためには、自分たちで番組を作ることが一番わかりやすいわけですね。そのためには、ニュース番組やコマーシャルを現実のテレビ局の仕組みにあわせて(クライアントからの要求やスポンサー資金の流れもきちんと経験させながら)実際に作ってみるというのです。まるで専門学校のメディア教育の現場のようであり、こうした実践活動を体験した子供たちは、自然とメディアの裏側にある真実やウソを読みとる能力が育っていくというのも頷ける話です。

 インターネットの発展、さらにパソコンを使ったビデオ制作の発展によって、やる気さえあれば個人テレビ局も立ち上げることができるようになった現在。そんな時代背景があるからこそ、本書で語られているような先端のメディア教育を受けた子供たちが、大人になってどのような情報発信をするようになるのか非常に楽しみでもあります。メディアリテラシーの目的はなにもマスメディア自体を否定することではなくて、情報発信のあり方をみんなで考えていくことなのだから。


メディア・リテラシー—世界の現場から


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現代の知能犯に捕まらないために [ノンフィクション]

 最近、巷を騒がす「オレオレ詐欺」。何故あんな単純な手口に、日本中の老人たちが騙されてしまうかと、ニュースを聞く度に不思議に思う人も多いと思います。突然電話かがかかってきて「オレだよ、オレ。実はさ、事故にあっちゃってさ。すぐお金が必要なんだけど、いますぐ振り込んでくれないかな?」なんて一言で、どーして何十万円もの大金を送ってしまうのか? 警視庁の報告によると、昨年一年間の「オレオレ詐欺」検挙件数は、なんと6,504件。被害総額は43億1800万というのだから、恐れ入ります。そのほとんどが交通事故を装った示談金名目であり、手口はもはや誰の目にも明らかなのに、今日もどこかで被害に遭っている人がいるらしいのです。

 久保博司「詐欺師のすべて--あなたの財産、狙われてます--」(文春文庫)には、「オレオレ詐欺」に代表される現代の詐欺師の全取り口を公開する本邦初公開の書物です。詐欺と一言で言っても、その手法やレベルはピンからキリまで。ヒ素入りカレー事件で公判中の林真須美被告などは保険金詐欺の典型だし、土地や株、手形を転がして大儲けを狙う大物詐欺師は後を絶たない。架空会社をこしらえて大規模に商品を仕入れ、あっという間に消え去ってしまう商品パクリ屋というのもごろごろ存在するようです。どの詐欺師にも共通していえるのは、演技力の見事さでしょうか。なにしろ詐欺の基本は自分を騙すことから始まる、つまりウソがウソでないと思えるほどに自分を虚構の世界に没頭させることが彼らの仕事の第一歩だというのですから、まっとうな人間はひとたまりもありません。

 しかも最近の詐欺師が厄介なのは、普通に生活していても次々と新しい手口でわれわれの財産を狙ってくることであります。「オレオレ詐欺」は老人向けとしても、インターネットのオークションサイトにおけるトラブル(インチキ品を買わされたとか、商品が送られてこなかったとか)、買ってもいない商品が着払いで勝手に送りつけられてしまうトラブルに(一度払ってしまうと、代金の返金はできないらしいですよ)、見てもいないアダルトサイト閲覧料金の請求ハガキが勝手に送られてくる事件(これ、私のところにも来ましたよ!)など、詐欺の手口はますます巧妙になってきています。いつどこで、自分も彼らの標的になるかまったくわかりません。専門知識を駆使し、法の抜け穴を巧みにかいくぐる知能犯たちにやられないためにも、本書を読んで、詐欺師たちの手口をとりあえず勉強し、彼らの魔の手から逃れられるように準備しておくことをオススメいたします。


詐欺師のすべて—あなたの財産、狙われてます


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世界で初めて指紋を発見した男たち [ノンフィクション]

 1905年、イギリス。世界中の警察関係者が注目する歴史的裁判が始まっていた。その名をストラットン裁判。塗装店を経営する老夫婦を惨殺したとして起訴されたストラットン兄弟の罪を問う裁判である。検察が挙げる証拠は、数人の目撃証言をのぞくと金庫に残された兄弟の指紋だけ。この指紋によって被告を死刑に処すべきかどうかという、世界初の「指紋の証拠能力」を問われた裁判であったのだ……。

 コリン・ビーヴァン「指紋を発見した男」(主婦の友社)は、このように指紋にまつわる「はじめて物語」をきわめて推理小説風にまとめたノンフィクションであります。現在では、犯罪者の特定に圧倒的な効力を発揮する証拠である指紋ですが、100年前にはなにやら怪しげな紋様にしかすぎず、こんなモノによって被告の生死を決定するなど言語道断であると多くの警察関係者に否定されてきました。

 かといって、彼らが行っていたのはあくまで記憶に頼るヒトの識別法であり、精度はすこぶる低いものにすぎない。当然、再犯者の特定などほとんどできないために、困窮のためやむを得ずおこなってしまったコソ泥も、名前を変えて銀行強盗を何度もやらかす大強盗も、罪の重さは同じにすることしかできません。神の前で煮えたぎる湯に腕を浸し、その火傷の具合によって犯人かどうかを決定するといった中世ヨーロッパの神明裁判とあまり変わらないような前近代的な法廷が長い間続いていたわけなのです。

 犯罪と闘う道具としての指紋の普及が急がれるのは、こんな当時の裁判実態があったからなのでした。しかし、指に刻まれた紋様によって個人を特定するという理論を、陪審員たちにいかに理解させることができるのか。人物特定に関する技術としては他に身体測定法(人体のあらゆる部位の詳細サイズを測ることによって個人を識別する科学的な手法)との技術論争や、指紋の発見者としての地位をめぐる研究者同士の対立も絡み合い、裁判は実にスリリングに進行していきます。

 DNA鑑定という新しい武器が備わった現在でも圧倒的に普及している指紋というテクノロジーの重要性が、本書を通じて改めて浮き彫りになりました。加えて、指紋をめぐる研究者たちの喜悲劇。近代犯罪科学捜査の基礎としてきわめて重要な役割を果たした「指紋」は、その影響の大きさ故に研究者たちの間で発見者としての栄誉をめぐって壮絶なバトルを繰り広げてきたのでありました。本書は、政治力のなさから不遇に扱われてしまった真の発見者ヘンリー・フォールズに捧げる鎮静歌ともいえるでしょう。


指紋を発見した男—ヘンリー・フォールズと犯罪科学捜査の夜明け


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あなたは、もしかして前科者かもしれない!?  [ノンフィクション]

 いきなり、過激な質問でご免なさい。しかし、あえて聞いてしまいましょう。「あなたの前科は、何犯ですか?」・・・・・こんなことを聞いてしまったのは、理由があります。高山俊吉「道交法の謎」(講談社α新書)に、恐るべき一文が記載されておりました。以下、少し長いですが転載しましょう。

 「(交通違反には、駐車違反などの青キップと過剰速度オーバーなどの赤キップに別れていることを説明した上で)ところで、赤キップは反則金ではなく、刑罰の一つである罰金刑が科せられます。刑罰には5種類あって、死刑が一番重く、それから順に懲役、禁固、罰金、科料となります。罰金刑は当然、前科にカウントされます。前科は戸籍に載るわけでもないし、一般には公表されなませんが、刑を決める時の資料としては使われます。多くの人が、自分には前科などない、と信じているかもしれませんが、かつて一度でも赤キップによる処理をされたことのある人なら、その人は"前科者"ということになります・・・」

 なんということでしょう。正式には「交通反則告知書」と呼ばれる青キップと違い、道路交通違反事件迅速処理のための共用方式」である赤キップは、立派な事件であり、道路交通法上は立派な犯罪として扱われていたというのです。しかしながら私たちの感覚としては、切符を切られても「なんてアンラッキーだったんだ」としか思わないのも事実でしょう。それは、道交法という法律が実態を無視して、ドライバーに過剰な規制を強い、不意打ちの取り締まり、裁判抜きの処分というまるで独裁国家のような仕組の中で運用されてきたからなのであります。 

 著者の高山氏は、交通専門の弁護士さん。長い間警察と法廷で戦ってきた経験を活かし、本書で「道交法のナゾ」について様々な見地から私たちに語りかけてくださいます。たとえば、「反則金は年間収入が800億円。その収入の使い道は?」「パーキングメーターは、法律上許されるのか?」「正しいと思うなら、反則金を払うな」等々。これまでなんとなく「仕方ないナー」と思っていたことも、実はよくよく考えてみると本当に警察による勝手な弾圧であったこが理解できることでしょう。国民の7500万人がドライバーとなっている現在。そして道路交通法の改正によって、ますます罰則が厳罰化され、さらには駐車違反取り締まりの民間委託などが実施されようとしている現在、私たちももっと真剣にこの法律についての知識を得る必要があると思いました。そうでないと、いつの間にか「前科5犯の大悪人」に記録上はされてしまうかもしれないからね。


道交法の謎—7500万ドライバーの心得帳


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絶対音感という不思議な才能? [ノンフィクション]

 「絶対音感」。なんだかこのコトバの響きには、音楽を志す者だけでなく、音楽に門外漢の人ですらも引き込まれてしまう魔法のような魅力があると思いませんか? 英語名でいうところのパーフェクトピッチ。果たして、完璧な音感とは、一体どういうことなのでしょうか? この音感を持つ人は天才音楽家のみに許された特殊な才能なのか? 最相葉月による「絶対音感」(小学館文庫)は、こんな疑問を突き詰め、読者の知的好奇心を大いに奮い立たせてくれるノンフィクションであります。

 小鳥のさえずりも、救急車のサイレンもドレミで聞こえる人がいる。あなたの隣にまったく別の音の世界に生きている人がいる。でたらめに叩いたピアノの音も、鳴っている音をすべてドレミの音符に瞬時に変換してしまう人。絶対音感を持てないために音楽家への道をあきらめた人もいる・・・・などという逸話を並べてみただけで、このテーマに対する興味は深まっていくことでしょう。しかも日本人には絶対音感の能力を持った人が非常に多いという事実を聞くと、なおさらです。

 しかしよくよく考えてみると、音をドレミの音符に変換するということは、単に幼児期における徹底した音感訓練による結果ではないのかい? ダウン症の人の中に何年先のカレンダーも瞬時に言い当てる能力がある人がいるとか、譜面も読めない知的障害者が二千曲以上のオペラを暗記して歌うことができるといったイデオ・サバン(知恵遅れの天才)とは、明らかにその謎の質が違うのね。事実、著者も本書でしつこいくらいに絶対音感とは、特定の音の高さを認識し、音名というラベルを貼ることのできる後天的な能力であり、それがすなわち音楽創造を支える絶対の音感(真の意味での才能)ではないことを主張しています。

 つまりは、反復運動によって無意識の中に知覚を顕在化させるというサブリミナル効果の一種。実に不思議に思われた絶対音感という言葉の響きの実体は、子供時代のヒステリックな音感教育に原因があるとわかると、小鳥のさえずりがドレミで聞こえる人がかえって哀れに思えてきます。小鳥の声はチュンチュンでいいじゃないか。音楽的素養をまったくもたずに育ったおかげで、自然の声をありのままで満喫できる自分にほっとしている私であります。


絶対音感


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正確な電車のダイヤのナゾを知って思うこと。 [ノンフィクション]

 日本の鉄道の正確さたるや、世界でも稀であるらしい。JR東日本の統計によると、一列車あたりの遅れは新幹線が平均0.3分、在来線が平均1.0分というすさまじさ。つまり、新幹線の95パーセントと、在来線の85パーセントは時刻表通りにきちんと発車していることになります。他国の数字でいいますと、イギリスもフランスもイタリアも、平均して90%程度の定時運転率はたしかに計上されている。しかし、日本の「遅れ」が1分以上遅れた列車はすべて「遅れ」としてカウントされているのに対して、外国のそれは10分以上、ひどい国になると15分以上の遅延しか「遅れ」とは見なされていないというのです。なんというお国柄の違いでしょう!! 途上国になりますと状況はもっとひどくて、もともと定刻発車なんてこと自体を乗客が期待していないことがほとんど(笑)。1時間遅れで電車がやってくればいいほうで、三時間、四時間待ちなんて状態が日常茶飯事だというのです。

 三戸祐子「定刻発車」(新潮文庫)を読むと、私たちが普段当たり前と考えている鉄道の正確さについて改めて考えさせられてしまいます。本書は、世界でも異常とされる超正確な電車の運行管理について、その歴史から具体的な手法、緊急時の運行回復システムに至るまで詳細に解説された鉄道ノンフィクションです。鉄道マニアならずとも、身近に利用している鉄道の裏側にはこんな仕組みが隠されていたのだという知識満載で、ちょっと得した気分になること間違いありません。

 たとえば、一日になんと217本の列車を発着させなければならない、東京駅の東北・上越新幹線ホームの話。これだけ過密スケジュールになると、盆・暮の混雑時には後続電車待ちの乗客をホームに収容することすらできません。そこで考えられたのが、電車毎に指定席・自由席の配列を変えることによって、ホームに並ぶ乗客の位置を分散させる手法だとか。乗降客の量、手荷物の数、そこから予測されるホーム上の占有スペース…。これらの数値が厳密にシュミレーションされることによって、アクロバット的な東京駅の発着数は実現できているらしい。

 あるいは、二分半の間隔で発着する朝のラッシュ時の山手線や中央線のダイヤ。混雑時の乗客の乗り降りには平均して二分半かかるというから、数秒でも発車が遅れると後続電車に大変な打撃をもたらしてしまう。そこで採られているシステムが、交互発車という考え方。発車できるホームを予備に作っておいて、そのホームで一台待機させることによって電車が断固状態になるのを避けるという余裕を持たせるのだそう。そういえば、新宿駅(特急ホームをラッシュ時のみ暫定的に使用)や池袋駅でこの交互発車をよく見かけます。

 さらには、ブレーキ扱いによって数分の遅れを少しづつ取り戻すという運転士の驚異の運転テクニック。「一つの駅のブレーキ扱いでだいたい五秒縮められる」ため、29駅ある山手線一周でおよそ30秒の回復になるとのこと。二週目でまたそれを繰り返せば、一分の遅れも一挙に取り戻してしまう……。

 しかしこうした記述になると、先日起きたJR西日本福知山線の脱線事故の原因そのものがこうした運転テクニックそのものにあることを現在の読者なら誰でもご存じであり、複雑な気分になるに違いありません。「日本の鉄道はなぜ世界で最も正確なのか?」というのが本書の副題でありますが、いまやそんな技術礼賛の時代ではないのも確か。むしろ本書は、「どうして私たち日本人は、鉄道にここまでの厳密性を求めるのか」という新しいテーマに向かうきっかけを与えてくれる書として読まれるべきでしょう。電車が2〜3分遅れるだけですぐに怒り出してしまう日本人。安全に対するJRの責任感の欠如を責め立てるのもいいけれど、それを強いているのは実は私たちの「時間感覚」にあることを忘れてはならないのです。


定刻発車—日本の鉄道はなぜ世界で最も正確なのか?


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次世代の地球を征服する生物 [ノンフィクション]

 都会のカラスほど不気味な鳥はいません。不気味な目を輝かせて、巨大な体をゆすらせ、生ゴミをあさる姿を見ていると、大の大人でも恐怖心を持ってしまいます。しかも知能が非常に高く、雑食性であり、生存能力は動物の中でも抜群に長けていると言います。生ゴミなどあさらなくても、ネコ、ネズミ、鳩、蝉・・・・といった生物から植物まで、動物の排泄物であろうと、場合によってはカラス(つまり共食い)ですら食べてしまう。田舎のカラスは、自分を捕獲する鷹やワシといった猛禽類のヒナを襲うこともあるらしい。食べるためなら、自分の命も省みないというこのグルメな執着心は、まさに人間そのものの姿を見るようではありませんか。

 唐沢孝一「カラスはどれほど賢いか」(中公文庫)は、長年都市鳥を研究してきた著者による、カラス研究の集大成本であります。都会のカラスの生活様式を探るため、朝から晩までカラスの生態を追っかけた詳細報告。都会のカラスの子育てや、営巣場所、針金ハンガーを使って作るユニークな巣作り。滑り台で滑って遊ぶカラスの遊技。道路にクルミを落として自動車に割らせ、中身を頂くという知能的なカラスの食事法・・・・。どれを読んでも、ここまでカラスの知能は高いのかと唖然とさせられることばかりであります。そういえばあるテレビ番組でも、神社のお賽銭を盗んできて鳩のエサが出てくる自動販売機にコインを入れ、それを食するというとんでもないカラスの姿を紹介しておりました。

 科学的に見ても、カラスの知能はサル以上であるどころか、脳の総重量に対する脳細胞比率は人間の十倍という数値を示しているらしいのです。うーん、参った。それほど知能の高い生物が、都心ではものすごい勢いで生息数を増やしていると言いますし。著者の研究成果によりますと、都心のカラスの現在の生息数は約三万羽。年々10%以上の割合で増え続け、その勢力はアメリカ帝国のごとく拡大の一歩をたどっているのであります。このままでは私たち人間の地球支配も、そう長いことはないような気がしてきます。カラスを見て私たちが不気味に感じるのは、真っ黒なその容姿からイメージするだけでなく、その知能や生存力に対して人間が本能的な恐怖感を抱いているのかもしれません。いずれにしても、次世代の地球の覇者はカラスかゴキブリである。これは間違いない事実でしょう。彼らを見ていると、正直言ってかないませんわ、イヤ、ホント。


カラスはどれほど賢いか—都市鳥の適応戦略


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あたりまえは、ホントに大切か? [ノンフィクション]

 世の中、ホントおかしいと思うのだ。年寄りを大切にしよう。人のものを盗むのはやめよう。人から親切を受けたら、感謝の言葉を口にしよう……とかさ、昔なら小学校の道徳の授業(今は、そんなものないのか?)で教えていたところの「人としての基本」を、大人も持っていない方が多くなってしまったし、もしかしたら「人殺しをするのは、やめましょう」みたいな教育をするレベルまで、人々の倫理観は堕ちてしまっているのかもしれません。

 そんなところに現れたのが、ロン・クラーク「あたりまえだけど、とても大切なこと」(草思社)という本。学習や行動に問題を抱える生徒の多い学校から優秀児童を排出し「全米最優秀教師賞」を受賞した実績を持つ熱血先生による、子供を指導するための50の法則をまとめたルールブックであります。内容は、まさにタイトル通り。しかし「成功する児童教育のための50の鉄則」といった原題を使わず、「あたりまえだけど、とても大切なこと」と持ってくるところが、この出版社のネーミングの巧さでありましょうか。

 大人の質問には礼儀正しく答えよう。相手の目を見て話そう。だれかがすばらしいことをしたら拍手をしよう。人の意見や考え方を尊重しよう。勝っても自慢しない、負けても怒ったりしない。だれかに質問されたら、お返しの質問をしよう……これが、本書で言うところの50のルールたちなのですが、みなさんは果たしていかがお感じでございましょうか? 大切なことであることは誰もが認めることですよ。でも、こんなことをルール本としてまとめなくちゃいけないことに、そしてそれを使って教育する先生が評価されるという現在の情勢こそが、まさに病んでいると改めて情けない気持ちになりませんか。

 本当は、本書をよんで勉強が必要なのは世の中の大半のオトナたちのような気もします。成人式のプレゼントに、就職や昇進のお祝いに、本書をぜひご活用されてはいかがでございましょう。季節もちょうど春ですし。「ふざけんなッ」と怒られそうだけど、世の中はそれほどまでにおかしくなっていると思うのであります。


あたりまえだけど、とても大切なこと—子どものためのルールブック


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ヘンな日本語にもワケがある [ノンフィクション]

 最近、若い人のみならず全体的に日本語が乱れているとお嘆きの方はいないでしょうか? よく指摘されるのが、お店で「おビールをお持ちしました」「コーヒーの方をおもちしました」「こちら○○セットになります」とかいう言い方。何でもかんでも「お」をつければ丁寧になるってもんじゃないし、ひとつしか頼んでいないのに「〜のほう」はおかしいね。「〜セットになります」って、一体いつその○○セットやらに変身するというのだろう?……なんてつつき出したら、それこそキリがない。だからこそ、現代に正しい日本語教育が必要なのだ、と頑固親父が大声あげて叫び出す姿を容易に想像できてしまいます。

 しかし、もしもあなたがそんな意見に同意するようであれば、ここで問題。

問1 「独壇場(どくせんじょう)と独擅場(どくだんじょう)」正しいのはどっち? 
問2 「添付」の正しい読み方は、「てんぷ」か「ちょうふ」? 
問3 「一所懸命と一生懸命」正しいのはどっち?

 ……いかがでしょうか? 実は、答えはなんてことはなくて「どちらも正しい」のが正解。もちろん純粋に語学的観点からすると、「独壇場(どくせんじょう)」「ちょうふ」「一所懸命」が正しい言葉であります(全部、正解できた?)。でもね、言葉というのは時代と共に変化していくモノでして、明らかな誤用や簡略化が一般的に浸透してしまい、全体の多数を占めるようになっていくと、それは誤用ではあるが慣用表記として認められてしまうというのです。定型的な事例が「雰囲気(ふんいき)」の読み方の「ふいんき」というヤツ。明らかな誤用ですが、あまりに間違える人が多いので、もはや「フインキ」が慣用表記になりつつあるという解説を聞いて、漢字の読み方試験で出題できなくなるとお嘆きの先生方もいるに違いありません(笑)。

 北原保雄「問題な日本語」(大修館書店)は、このような「一般的にはおかしい」とされている日本語について、「明鏡国語辞典」の編者・国語学者でもある著者によって丁寧に解説が加えられた快著であります。「ヘンな日本語にもワケがある」と、いうのが本書の基本的コンセプト。いわゆる他の日本語本と一線を画すのが、「これは間違っている」「こんな使い方をするのは誤用」と一方的に非難する立場を取っていないところでしょう。むしろ最近はびこる流行言葉を積極的に取り上げて、語学的に解剖するとどうしてそのような表記になってきたのかを楽しんで解説しているようにも思われます。

 「全然いい」は、芥川も使っていた表記? 「知らなそうだ」は、正しくなさそう? スゴイ美味しいも、なんかヘン? 「私って、○○じゃないですかぁ」…んなこと、知るか!! 「これって、どうよ」ってどうなのよ? 「なにげに」言われた言葉は、ほめ言葉? 「わたし的にはOKです」は、普通の表現か?……本書で取り上げられた言葉の数々です。日頃なにげに(あっ、まずい。ついつい出てしまったこの表記)使っている日本語の秘密について、こんなにも面白く興味深く解説してくれる本は初めてでした。言葉の本なのに、読んでいて爆笑、または大いに膝を打つこともしばしば。そしてさらにいいますと、日本語の奥の深さにため息をつく結果にもなります。毎日こうして原稿を書いていても、本当にまだまだ知らないことだらけ。言葉って、難しい。でも、面白い世界でもあるんですねー。


問題な日本語—どこがおかしい?何がおかしい?


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